これまで、転職系の記事を幾つか書いた。
(コンサルティングファームへの転職活動について、コンサルティングファームに転職したその後(本の紹介))
小さなソフトハウスから外資系大手SIerに転職し、その後にアクセンチュア、EYA、PwC、KPMGなどへの転職面接を経て現職のコンサルティングファームに至る。
では結局、どれくらい年収が上がったかというところについて記載してみようと思う。
私の経歴は以下の通り
年齢 | 所属企業 | 職種 | 年収 |
21~27歳 | 小規模ソフトハウス(ブラック企業) |
下流工程設計者・プログラマ のち、チームリーダ |
250~390万円 |
27~37歳 | 大規模外資系SIer(ホワイト企業) |
上流工程設計者 のち、プロジェクトマネージャやアーキテクト、プリセールス |
600~850万円 |
37歳~ | 大規模コンサルティングファーム(今のところホワイト企業っぽい) | ITコンサルタント、ビジネスコンサルタント | 1150万円~ |
最初の会社では月当たり150時間ほどの残業が恒常的にあったにも関わらず年収400万円未満で、かなり辛かった。
何故、こんなに一生懸命に働いているし、勉強もしているのに何でこの程度なのか、といった不満・不安が高まっていった。
その後、2度の転職を経て、順調に上がっている。
ちなみに、29~36歳の間に、幾つかの会社へ転職活動をしていた。
転職活動を定期的にするということが私のスタイルになっていて、これは、本当に転職したいというより、転職活動で必須となる”自身の価値の明文化”により、今の自分に足りているもの、足りていないものを改めて認識し、自身の市場価値の低さを感じてそれに対する手を打ちたいということが主な目的だったように思う。
大規模外資系SIerに勤めているとき(29歳~36歳くらいの期間)に転職活動の対象となったのは、Google(日本グーグル)、Accenture(アクセンチュア株式会社)、MS(日本マイクロソフト)、SF(セールスフォース・ドットコム)、Oracle(日本オラクル)などだが、それらに対する活動内容や結果は別の機会に記事にしたいと思う。
夢としての話しだが、自分は子供たちがまだ大人にならないうちにクルーザーを手に入れたいと考えていて、年収が4,000万円になったらクルーザーを買ってもいいとの妻の言質を得たので、まだまだ夢ではあるが、自身の収入の成長シナリオをプロットしてみた。
実績から線を引いてみると、ポジティブシナリオでは45歳になってやっと年収2,000万円で、それはそれで充分なのだが、クルーザーを買うには足りない。
これ以降、ドリームシナリオに沿えるよう、戦略を練っていくしかない。
その内容は次回以降ということで。
以上。